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岡山県高梁市の山の中。 ちいさな一軒家での4人と1匹の暮らし。
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2017/12/14 (Thu)
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2016/04/13 (Wed)

前回父ちゃんとその妹、長男で流木オブジェのテーブルを作りに行った大三島。

あの三軒茶屋のFrom Earth Cafe OHANAが、瀬戸内の島にできるのです。
今回は家族総出で3泊4日、行ってきましたよ。
お願いされていたのは、看板。
家である程度仕上げ、あとは現場で作り上げました。
使ったもの。
流木、竹釘、桜の皮、拾った工事現場の古いホース、冷蔵庫のファン、空き缶の底と銅線(自転車部分)、うき、カラートタン、塩ビの板、ペンキ。
はい!こちらです。


そこからは、ペンキを塗ったり黒板を書いたり。やれることのお手伝い。
こどもたちもそれぞれ楽しんでおります。

なにしろ明日オープンだーって時で、でもその場でやりたくなったことは、ちゃんとできました。
そして、4月12日。
 
前日の夜中から開店直前まで書いていた中の大きな黒板。
藤田さん(オーナー)に何を書いてもいいと言われて、ひろあき君と相談しお店で使う島の食材地図を描くことに。
これからどんどん輪が広がっていくでしょう。
道の駅に行くと分かるけれど、島はとても豊かで、お米にひじき、天草、のり等の海産物、はちみつ、杜仲茶、そして柑橘柑橘柑橘!
お店でも、無農薬の柑橘のフレッシュジュースや、ハチミツレモンが頂けます。
それからふろむあーすでおなじみのフェアトレードの商品ももちろん。

私はお気に入りのかごを手に入れました。
久しぶりの友人に2人も偶然の再会を果たし、さすがOHANA!と思いました。

そして御島のOHANA、カフェだけではないのです。
5月には2階にゲストハウスもオープンします。
その後はシーカヤックのワークショップなんかも計画中らしいですよ。
因島育ちの藤田さん、なんと船舶免許も持っているそうで。
今後の展開がとっても楽しみな場所なのでした。

帰りにはこんなすてきな場所にも寄り道。


あー久しぶりのつくる作業、たのしかったな。

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2013/05/28 (Tue)
昨日、総社市であったドリームタイム フォー チルドレンの撤収が無事に終了して
今日は雨降りの休息日。

5月は3週連続してイベント続きだったから
体は大分お疲れモード。
でも色んな出会いや発見があって充実した日々だったな〜

バタバタでなかなかブログかけなかったから
ココデ一気にご報告


5月の始まりは
京都の村屋。
3年前から店内に流木を常設させてくれたり
行くたびに浴びるように酒で迎えてくれるところ。
カオスという秩序の中で味わう深酒がいつも僕の頭をかきまぜます。
奇人変人のオンパレードで笑いの絶えない異空間。


次の週は兵庫県佐用町のあかりまつり。
ここではデコと出店。
仕込みに入ったその日に熊が出たのでキャンプ禁止という
いきなりのハプニング。
作業時間も公務員なみに9時5時というタイトな感じ
なかなか思い通りにはならなかったけど
今季初デコなのでこんなもんで
色々勉強になりました。
初めて生で一二三も聞けたしね。
本番は二日間とも雨予報だったのに奇跡的に土曜は快晴!
日曜は残念な大雨だったけど・・・・
イカ
ゲート
さかな
なんだろ?



最後はDreamTimeForChildren
総社芸術祭の一部に組み込まれたまつり。
言い出しっぺは長年流木ドームを作っている玄サン。
僕が流木を組む事になったのも直接ではないけれど玄サンのおかげ
大先輩です。
そんな人と作品を並べられた事が何よりもの経験でした。
玄サンの流木ドームは圧巻!でかい!
流木に包み込まれる感覚は大人も子供も心躍るね。
そんなスケールのでかいものの傍で
僕は何しよって感じだったけど、今自分の出来る事をしようと思って
風車付きの東屋見たいの作ってみました。
風が吹くと上につけた風車や扇風機の羽根の風見鶏、空き缶、風鈴が存在感を放って
なかなか良く出来たと思う。
一緒に作ってくれた友達に感謝。
何かまた新しい道が開けそうな予感がするのでした。
風車付き東屋
満月と
玄サンの流木ドーム

もっと色々作れるようになって
面白い作品たくさん作っていくぞ〜

ひろあき
2012/07/29 (Sun)
昨日はせとうち交流プロジェクトに行って来た。
福島から家族を呼んで、瀬戸内市で保養してもらうというプロジェクト。
昨日は、「ミツバチの羽音と地球の回転」の上映と、鎌仲さんの講演、そして交流会が行われる日。 
朝6時、交流会で踊りを舞う近所のこどもたちの車に乗っけてもらって、まずは海でひと遊び。
そこから映画の上映場所へ。
託児室に子供がいっぱい来る!という話だったので、そこで子供達と遊ぶというなんともハッピーなお役目をもらって、下は7ヶ月から小学生くらいまでの子供達としあわせ時間を過ごしたのでした。
みんなそれぞれかわいい!こどもってつくづく面白いのだ。

そこで鎌仲さんともおはなしできて、とにかくあのぶれない人特有のあっけらかんとした明るい感じ、改めてとてもすてきな人でした。
講演会もちゃっかり聞かせてもらいました。
その場所で、岡山に越してきていると聞いていて、会いたいなーいつかどこかで会えるだろうと思っていたひとにも再会。
岡山でクラフトマーケット的なものをやろうよと、またうれしい出会いとなったのです。

交流会は、キャンプ場。
地元のおじちゃんおばちゃん達のお店が並び(全部100円)、ステージでは太鼓に踊りに三味線、三線。
いつも仲良くしているこどもたちが、メイクも衣装もびしっときめて踊りを踊る姿、初めてちゃんと見たのだけれど、ものすごく格好良かった!
一番上の子は二十歳。一番下が小学校3年。
ああいうたてのつながり、すごくいいなぁ。
子供達が、もっと下の子の面倒見がいいわけがとてもよく分かった。
託児室でも、ずっと赤ちゃんと遊んでいたものな。

そこで、いわきから来た女の子とゆっくり話した。
私が犬を連れていたので、おばあちゃんところにいる犬の話。
その犬のお母さんの話。
お母さんと2人で来たこと。
昨日は高校生に教えてもらいながら、名刺を作ったり、バレーボールをしたこと。
私はなんだか向こうでどんな暮らしをしているのか聞けなくて、とにかくそこで女の子がたのしそうにニコニコと笑って話してくれることが、とてもうれしかった。
おかあさんたちの姿も、こどもを思ってここに来ているという事が分かっているから、うまく言えないけれどすごく愛おしいものだった。

鎌仲さんも言っていたけれど、今全国で保養プロジェクトが進行している。
知っている限り、岡山でもあと2つある。
みんな福島やその周辺の人達になにかできることをと、個人からはじまった動きだと思う。
野呂美加さんが言っていたが、放射線量の高い地域からしばらく移動する事は、体からの放射性物質の排出に有効だという。
たとえそうでなくても、外でおもいきり遊ぶとか、食べるものを選ばなくてはいけないストレスから解放されるとか、心身ともに楽になれる時間がとても必要だろう。

わたしには到底計り知れないいろいろな思いが、いまこの日本にあふれている。
自分にできることは限りなくちっぽけで、なにが正解なのかいつまでたっても答えはでないし、この先どうなっていくのかなんて誰にもわからない。
でも今回のプロジェクトに関わっている人達をみて、人が集まって個人レベルでつながっていくというパワーはやっぱり強い!と思いました。
国がやっていることより、なんて分かりやすい世界。
こどもたちが安心して笑っていられる場所、それを失ってなにが得られるのかと改めておもった一日でした。
宇摩ちゃん、ありがとう。
なおちゃんも、乗せていってくれてありがとう。


今日は山口県知事選挙の日。いったいどうなるのでしょうか。
Power to the people!

今朝見たら、田んぼの水がぬけていた。
今日は寝坊したから、涼しくなったら草取りだな。
わたしに力を!



      


追記 鎌仲ひとみさん講演会はここでみれます。http://www.ustream.tv/recorded/24298156
2012/07/03 (Tue)
7月1日大飯原発に行って来た。

何かここ最近モヤモヤしたものが頭の中にずっといて
そんな感じの僕は今回の大飯に行く事にずっと二の足を踏んでた。
30日にUstを見てたら、体の中の何かがはじけちゃって突如行く事に決めた。
とりあえず、なほが多めに作ったカレーとご飯が自炊できるような準備して出発。

着いたのは朝4時半くらい。
その時は警察と向かい合ってる状態だったけど落ち着いてる様子。
前の晩の激しさは治まっていた。
警察は時折人を入れ替えたりするくらいで
大きな動きは見せなかったけど
チャクチャクと増員を繰り返していた。

夕方になって
ちょうど僕がゲート脇の小高い山に登って全貌を見てたら
奥の駐車場から続々とボディーアーマーを来た警察の人達がやって来た。
下におりてみると
陣形を整えこれから実力行使しますよって雰囲気。

ボディーアーマーを着て陣形を整えて
前方に強化プラスチックの盾をもった若い黒ヘルメットを二列
その後ろにもう少し熟練してそうな人達
更に後ろには司令官みたいな人
その脇には43って書いてある旗を持った人が立ってて
雨が降ってる時なんて傘をさしてあげる人までいる。
そんな様子はまるで戦国時代のよう
見かけからその人がどういうポジションで動いているのか
一目でわかる。

警察側が行動を始める前には必ず宣戦布告ならぬ警告がある。
拡声器で何か言ってるけど
「再稼働反対」の声の渦の渦の中に吸い込まれて
あまり聞こえない。
警告の後
「一歩前へ」と伝言が警察の中で回って進んでくる。
抗議側は押されないように人の鎖でぐっと耐える。
押してくる際に必ず盾の向こうから「盾に触るな」「押すな」とか茶々が入る。
触ってないとアピールする為に手を上に上げて
「再稼働反対」と声を上げて警察の圧力にみんなで耐える。

最前列にいた僕は
盾を持つ警察の人とコミュニケーションをとりながら
激しいながらも安定を保っていた。
そんな時後方から「お前今たてに手をかけただろ」
「下がれ」「押すな」「そこの眼鏡」
と指や棒でご指名。もの凄い剣幕で罵倒される。
でも、これは警察官達の挑発。
それに反抗して熱くなれば手を出したって即逮捕。
絶対挑発には乗ってはいけません。
膠着してきた時に盾の前に警察が入ってきて
押されて倒された時
押した警官に名前を聞いたら「フクイケンだ」って言われた。
あきれるよ。本当に。

僕は結局再稼働のニュースが流れた時点で
色々悩んだけど外に出る事にした。
そのニュースが嘘で実際は動かしてないっていう人もいた。
こんなに近くで半監禁状態でいる人がいる中で動かさないって言ってた。

でも、実際動いたという事よりも動かしましたって既成事実が作れれば
国や電力会社はいいのかもしれないな〜とも思う。
今は残念ながら臨界に達したニュースまで流れている。
これが友達が言ったように嘘ならそれが一番いいと思うけど。


そういえば警察は途中
バリケードのところにあった守衛室から守衛を救出する場面を作ったりしてた。
そんなの始めに言ってくれれば
はいどうぞって感じなのにわざわざそんな茶番をやるんだ。
こういう衝突の時体制側のやることは常に裁判とかに有利になるような事実を
作ってるんだと思う。
ちなみにこの時僕は守衛室の扉と警察の間に入っちゃって
機動隊につかまれてどかされたんだけど
なぜか僕は「暴行だ」「逮捕するぞ」って言われた。
暴行受けたのは僕だってのに。
それを言った人はドイツのニュースで話してる警察官です。
http://www.youtube.com/watch?v=AOG05el2GJo(1:22)


それにしても抗議に集まった人達は
ホントに頑張ったと思う。
みんな非暴力を徹底してた。
あれだけボディーコンタクトが増えると
人間は自然と熱くなるもんなのに。
太鼓のリズムと「再稼働反対」のコールが
みんなの気持ちを落ち着かせてたのかもしれないな〜


抗議行動は集団同士の衝突になったら何も解決しない。
どんな状況になっても個人として個人と向かい合う事を
忘れたらいけないのではないかと思った。

押されてる時にも盾を挟んで色んな話が出来たし
落ち着いた状態のときは話しても答えてくれないけど
混乱に乗じてだと結構答えが返ってくる。
「再稼働反対」ってコールをしてたときも
一人の警察官の目をずっと見つめながらこの気持ちが届けって思いながら
言い続けたら、その警察官の目から涙が出てきた。
その時なんか僕も一緒に涙がにじんでたと思う。
その後その人とは話せなかったけど
僕は何かが通じ合えた気がした。
言葉は気持ちを運んでくれるんだと思う。

上関のときも思ったけど
皆同じ人間なんだよね。


今回の大飯occupyは
結果としては再稼働を阻止できなかったけど
大飯原発が実際地震津波にあって
原発に向かう道が土砂崩れとかで封鎖されたら
近くの住民は完全に避難できなくなるという事がはっきりしたと思う。
ゲートを封鎖したら
作業員や経産省の副大臣やらが船でしか原発に行けなかったのは
その証明だろう。
後のニュースで道が封鎖されている状態で
原発を動かす事は法令上問題はないと書いてあった。
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/npp_restart/35533.html
それは、つまり原発を動かそうとしている人達にとって
人の命を守るってことが完全に欠如してるってことの現れだと思う。

きっと
これから先にも再稼働の動きが起こってくると思う。
その時に必要なのは
何よりも人の数だと思う。
今回だって1万人あの場所にいたら話は全然違っただろう。
人が多ければ警察も簡単には強行してこない。

非暴力の1万人の集団なんて、カッコヨスギル!

再稼働反対!


ひろあき












2012/05/14 (Mon)
九州に2週間行って来た。


去年の同じ頃、わたしたちは埼玉から岡山に移住する事を決めていたけれど、借り暮らしでまだ家が決っていなかった。
東北から関東から各地へ避難しているひとたちが、大分県の虹の岬まつりに集っていた。
みんなとても不安定な生活の中にいて、久しぶりの友達との再会に感情が言葉があふれでて、ただただ避難してきていることを喜び合った。


あれから1年。
それぞれの場所で根をはって、みんないきいきやっていた。
たくさんの不安はあるけれど、いつなにがどうなってもおかしくない世の中だけれど、だからこそ今ここしかない。
この先に道はない、ここから先は手探りだ。
そう友達が言っていた。


あの日から、わたしたちはたくさんのものを失った。
そうしてまだ、これから先も失い続けていく。
あの日、わたしたちは多くのものを手放した。
本当にたいせつなものが、一層光りだしたと思う。


九州から帰ってきて、みんなとまた過ごせた事がとてもうれしくて、
なんだかわくわくしながら、草と虫と奮闘する日々。
一度は水がたまった田んぼは、ここにきてひび割れているけれど大丈夫。
田植えまではまだ時間があるさー。
そうそう、子犬達は2匹ともひきとられ、またさんぽとの平穏な日々です。
子犬1匹を連れての九州の旅、なかなか大変だったけれど、幸せ時間だったな。



そのおはなしは、また今度。


今日はこれから雨降りの予定。
明日もいちにち雨予報。
田んぼの修復にはもってこいなのよ。



       
 写真は、阿蘇の吉田邸。エネルギーは全て自然からもらったもの。




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プロフィール
HN:
はおにろなほ
年齢:
37
性別:
女性
誕生日:
1980/02/21
職業:
つくりもの
自己紹介:
埼玉県飯能市→岡山県高梁市。
原発事故の翌日から始まった、自主的避難生活。
たくさんの人につながって、ながれついた先は岡山県。
どうしようもない思いに、お腹のそこから声をあげて泣いた日もありました。
そんな中で出会ったあたらしい仲間たち、そばにいてくれた見慣れたおとなやこどもたち。
わたしたちのたいせつなこと、たいせつなもの。
もういちど、深くかみしめざるをえなかった。
今やっと、あたらしいお家で仕事を始めることができました。
ちょっと山の中の、こじんまりとしたすてきなお家です。
助けてくれた多くの人たち、どうもありがとう。
もし、移住を考えている人がいたなら、どうか私たちを頼ってください。
はおにろは、ここ岡山で再出発です。
さあ、ぼっけえいいもの、作るぞ。





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